○Reading 1 Fast Food ○


Fast Food   -スピード時代-


  天気のいい休日。お金持ちのアール氏は、庭で草花の手入れをしていた。すると、かきね越しに声をかけてきた男があった。
  「草花がお好きのようですね」
  「ええ、好きですよ」
   とアール氏が答えると、男は言った。
  「じつは、ちょっと、お見せしたいものがあります」
  「なんですか。園芸用品の売り込みですか」
  「もっといいものです。この粉ですよ。タネをまいてから、この粉をとかした水をかけてやると、すばらしい早さで育つのです」
   男は門をまわって庭に入ってきて、ビンに入った白い粉を見せた。アール氏は笑った。
  「まるで、花さかじいさんのような話ですね。とても信じられない」
  「おうたがいでしたら、いま、ここでごらんに入れましょう。タネをまきますよ。これはスイカ、これはイチゴ、これはトマトです」
  「それなら、ついでにこれもまいてみよう。アサガオのタネだ」
  「いいですとも」
   男はこう言いながら、シャベルを借りて地面にタネを埋めた。それから、ピンの粉
   を水にとかし、ジョウロでかけてやった。アール氏は、それをながめてつぶやいた。
  「ばかばかしいように思えてならないな」
  「まあ、少しお待ち下さい」
  「少しといっても、一週間ぐらいはかかるのだろう」
  「とんでもありません。ほら」
   と男の指さした場所を見て、アール氏は目を丸くした。もう芽が出はじめている。
  「これは驚いた。手品じゃないだろうな」
  「タネもしかけもありません、と申しあげたいところですが、さっきのタネが育った
   ものです。さわってごらん下さい」
    手でさわってみると、たしかに本物だった。見ているあいだに、芽はどんどん成長してゆく。

  「ふしぎとしか言いようがないな」
  「しかけは、粉のほうです。成長を早めるこの薬を完成するのに、わたしは大変な苦心を重ねました。
   しかし、効果はごらんの通り、すばらしいスピードアップでしょう」
   タネをまいてから、まだ三時間ぐらいしかただないのに、花が咲き、実がなりはじめていた。男は実をもいでさし出した。
  「めしあがってごらんなさい」
   アール氏は、こわごわ口に入れた。どれもいい味だった。
  「うむ。悪くない。となると、便利このうえない大発明だ。これを使えば毎日、とりたてで新鮮なくだものが食べられることになるな」
  「そういうことになります。たくさん、めしあがってみて下さい」
   アール氏はつぎつぎに咲くアサガオの花をながめながらスイカ、イチゴ、トマトを口に運んだ。
   「やれやれ、おなかがいっぱいになってしまった。ところで、この発明をわたしに売ってくれないか。
   この薬を大量生産すれば、人びとは喜び、わたしももうかる」
  「じつは、わたしもそれをお願いにきたのです。この研究のため、たくさんの借金を作ってしまいました」
   話はまとまり、アール氏はお金を払った。男は薬と、その製法を書いた書類を渡しお礼を言いながら帰っていった。
   アール氏は家に入り、大喜びだった。
  「さあ、いそがしくなるぞ。この薬をどんどん作って、売らなければならない」
   だが、やがて首をかしげた。さっきあれだけスイカなどを食べたのに、もうおなかがすいているのだ。
  「これは、早まったことをしたようだ。この方法で育てたくだものは、おなかに入ってからも、スピードはおとろえないらしいぞ」
   窓から庭を見ると、アサガオをはじめ、もうみんなすっかり枯れてしまっていた。





出典:星新一「きまぐれロボット」より「スピード時代」