○Optional Lesson The Making of Scientific Revolution○



The Making of Scientific Revolution


科学における努力の目的は、自然に関する真理を学ぶことであって、討論に勝つことではない。
―チェスターR.ロングウェル― Section 1 若き科学者は問題を抱えていた。 大西洋の両側で発見された動植物のなかには、酷似しているものがあるのである。
メソサウルスと呼ばれるきわめて古い爬虫類の化石が、南アメリカとアフリカの両方で発見されている。
しかし、両者の間には大西洋がある。 いかにして、両方の大陸で同時に同一の爬虫類が存在することが可能であろうか? 可能性のある説明が3つある。 第1に、爬虫類は泳いで大西洋を横断した。これはほとんど不可能に近い。
第2に、それら[=爬虫類]は独自に進化した。これもまた、ほとんど不可能に近い。
第3に、大西洋を横切る陸橋がかつて存在していた;これは当時一般的に認められた科学理論であった。
しかしながら、なにかしらそんな陸橋の存在の証拠がまったくない。 事実、その若き科学者は陸橋説について不確かだと考えていた。 世界地図を見ているうちに、彼は奇妙なことに気づいた。 アフリカの西海岸と南アメリカの東海岸は整合するように見え、まるでジグソーパズルのピースのようであった。 彼はこの事実に気づいた最初の人物ではなかったが、しかし、彼はそれに基づいた理論を提唱した最初の人物であった。
もし、2つの大陸が、何百万年も前に、ひとつに結びつけられていたとしたならば、どうであろうか?
このことは、かの不可解な化石を説明するであろう。 Section 2 その科学者の名は、アルフレート=ヴェーゲナーである。 彼は1880年にドイツで生まれ、大学では科学を研究し、気象学者としての経歴を開始した。 1911年、彼はアフリカと南アメリカの両方で発見された同一の植物と動物とについての論文を読み、新しい理論を考え出すことを開始した。 1915年、彼は『大陸と海洋の起源』という1冊の書物を刊行し、およそ3万年前に大陸は、パンゲアと呼ばれるたった1つの塊を形成していたが、 しばらくして、だんだんと離れてゆき始めたと述べた。 ヴェーゲナーは次のように書いた。 「それはまるで端をぴったりと合わせ、それから、印刷の線が滑らかに通るかどうかを確かめながら、新聞の引き裂かれた紙片を修復することに似ている」 もしも印刷の線が滑らかに通るのであれば、その紙片は実際にこのようなやり方で結合されていたのは正しいにちがいない。 大陸は分裂し始め、世界の海洋で、いくぶん氷山のように、さまざまな方向へ移動したと彼は信じた。 Section 3 ヴェーゲナーが大陸移動説を発表した当時、批判が多かった。 あるアメリカ人科学者はつぎのように言った。 「私たちがこの仮説を信じるならば、過去70年間に私たちが学んだことすべてを忘れ、初めからやり直さなければならないということになる」 フランス人の科学者はこう言った。 「ヴェーゲナーの理論は、私にとって、すばらしい夢、それも偉大な詩人の夢である」 ヴェーゲナーを「ほら吹き」と呼ぶ者さえいた。ほかの科学者たちは、彼とその新しい理論をまったく無視した。 それどころか、ヴェーゲナーの説には問題点が多くあった。 アフリカと南アメリカがかつてひとつの超大陸であった有力な証拠があったが、しかし、ヴェーゲナーはアフリカと南アメリカがどのようにして、 また、なぜ、だんだんと離れて行ったのかを説明することができなかった。 1926年、ヴェーゲナーがニューヨークでの国際シンポジウムに招待されたとき、演説をした多くの人々は彼に対して敵対的であったが、しかし、彼は何も言わなかった。 彼はただ坐って、耳を傾けただけだった。おそらく、彼はコペルニクスとガリレオのことを思い出していたのであろう。 このふたりもまた、嘲笑され、拒否された。 なぜなら、地球が太陽の周囲を回っているというふたりの理論は、当時、一般に認められていた考えに逆らうものであったからである。 おそらく、彼はひそかに考えていたであろう、「それでも、大陸は移動する!」と。 Section 4 アルフレート=ヴェーゲナーは大陸移動という自分の理論に取り組み続けたが、 しかし、彼には、同じくらいに、ほかの興味もあった。 彼は探検家であり、北極地方への探検に出かけたことがあった。 1930年、彼は探検隊をグリーンランドへと引き連れた。1930年11月、50歳の誕生日の直後に、彼はグリーンランドの氷の中で死んだ。 彼の遺体は、翌年の春に氷が融け始めるまで発見されることはなかった。 死亡当時、ヴェーゲナーは、自分の理論がどれほど重要になるかを知りはしなかった。 まったくヴェーゲナーが考えたやり方で、というわけではなかったけれども、 1950年代と1960年代の調査は、大陸が移動するという見解を支持するものであった。 今、プレートテクトニクスという理論は、大陸移動の過程を述べ、大陸を移動させる力を説明している。 大きな塊、すなわちプレートが地球の表面を覆っている。 これらのプレートは移動し、海洋底とともに、大陸あるいは大陸のいくつかの部分を運ぶ。 プレートを移動させる力は、マグマの中の熱の運動であると考えられている。 個々の大陸が移動するというヴェーゲナーの見解は、新しい理論に取って代わられた。 大陸の動きは、よりいっそう根本的な動きのうちの、目に見える部分にすぎないと、新しい理論は述べている。 それでも、大陸は移動するのである。 Section 5 ヴェーゲナーは、どのように、そして、なぜ、大陸が移動するのかについて誤っていたが、 しかし、大陸移動に関する彼の基本となる発想は受け入れられている。 このことは、われわれがどのように世界を見るのかということにおける転回であり、「コペルニクス的転回」に似ている。 500年前、コペルニクスは、太陽と月と星が動いているように見える理由は、地球そのものが動いているからであると記した。 どのように、あるいは、なぜ、地球が動くのかについて、彼は説明できなかったし、 ほかの人々、例えばガリレオやケプラーとニュートンが適切な説明ができるまでに、さらに300年かかった。 それでも、コペルニクスは、かの転回の父として記憶されている。なぜなら、彼の基本となる考えが全過程を開始させたからである。 同様に、地球科学に関する現行の理論は彼の詳細にわたる説明の大部分を否定しているけれども、 地球科学に関する現行の理論は、大陸が移動するというヴェーゲナーの見解を受け入れている。 地球の歴史に関する知識には、地球科学の転回と呼ぶのだけは差し支えない急進的な変革がある。 アルフレート=ヴェーゲナーは若者のときに、不可解な化石について頭を悩ませ始めた。 今では、彼は、地球科学における転回の父であると見なされている。